とんねるずの木梨憲武が29日、日本テレビ系「おしゃれクリップ」に出演。妻で女優の安田成美との出会いを語った。
木梨は、安田の誕生日にインスタグラムに投稿した2ショットを披露し、「3人子どもがいるけど、ほぼほぼ全部、なるさんが育ててくれた」と妻へ感謝を伝えた。
3人の子どもも「27歳男、23歳男、18歳女」と、全員成人。子どもたちは、木梨の若い頃のテレビなどは「リアルタイムではわからないが、今、(ネットを)ガチャガチャすると昔の出てくるから、ちょこちょこのぞいているんじゃないですか?」と照れながら語った。
安田との出会いについては「とんねるずが映画やらせてもらって、とんねるずの横にいたのがなるさん。19歳で俺が23歳ぐらい」と、映画「そろばんずく」での共演がきっかけだったとコメント。
アプローチは木梨からで「一生懸命、俺が『付き合ってください、お願いします、お願いします、お願いします』って」と猛プッシュ。安田は当初「付き合う気はない」と断り続けていたというが、木梨はめげず「それはいったん置いといて。付き合って下さい」と言い続けたという。
「一目ぼれ」だったといい、根負けした?安田が「しょうがないな~みたいな感じから交際がスタートした」と振り返った。
全文はソースで
https://news.yahoo.co.jp/articles/a5547a5503d6ad88eb3190fed64260609a084679
カテゴリ:芸能 > 芸人
アンジャ児嶋の渡部への強い態度に…おぎやはぎらが注意促す
5/29(日) 18:01
デイリースポーツ
アンジャッシュ児嶋の渡部への「強い」態度 おぎやはぎ、劇団ひとりが“クレーム”
お笑いコンビ・おぎやはぎ、劇団ひとりが28日深夜、テレビ東京系「ゴッドタン」に出演し、アンジャッシュの児嶋一哉が謹慎から復帰した相方・渡部建に対して「当たりが強い」と注意を促した。
この日はちょうどいいエロさで大喜利をする「オオギリッシュNIGHT」の若手大会。「イケないと殺される『イクゲーム』で最も脱落者が多かったおかずとは」というお題に、ピン芸人みなみかわが「復帰した渡部さんに強く当たり過ぎる児嶋さん」と回答した。
これに劇団ひとりは思わず爆笑。おぎやはぎ・小木博明は「ちょっと強すぎるんだよねー」、矢作兼も「当たり強いんだよねー」と同意した。みなみかわは「これ60分はなかなかキツイですよ。『もういいやろ』っていう気持ちにさせてくれるんで」とほぼ感想の解説を添えた。
渡部は不倫騒動を起こして約1年8カ月間謹慎。今年2月15日に放送されたチバテレビ「白黒アンジャッシュ」で復帰した。小木は「現場に行ってるからね」と劇団ひとりが「白黒アンジャッシュ」の収録に訪れていると説明。劇団ひとりは「感情的になり過ぎちゃってるよね、児嶋さんもね。分かるんだけど」と苦笑い。「それがちょっと、画面(から)伝わっちゃうから」と本人不在ながら注意を促していた。
https://news.yahoo.co.jp/articles/f4af96ad490623a66b0d0be041930ede4c1326ec
明石家さんまの元相方が詐欺で逮捕…死亡説も逮捕で生存が判明
5/21(土) 5:15
東スポWeb
さんまの〝元相方〟が詐欺逮捕! 島田洋七が証言「一緒に形態模写漫才をやっていた」
さんまもショック(東スポWeb)
愛知県警が先日、詐欺の疑いで逮捕した名古屋市中村区の元落語家で無職の高橋平明容疑者(72)は明石家さんまの兄弟子だったという。
逮捕容疑は、2年前に開催しないイベントの準備金という名目で知人から200万円をだまし取った疑い。容疑を認めているという。
高橋容疑者は1972年、露の五郎さんに弟子入りし、その後、笑福亭松之助さんに再入門。松之助さんの本名である明石の名前をもらって明石家小禄として落語家デビューした。
一方、さんまは74年に松之助さんに弟子入りし、高座名は笑福亭さんま。その後、明石家さんまとして再出発した。
「1970年代半ば、毎日放送の『スタジオ2時』の企画である若手漫才選手権の出演打診があったんです」(お笑い関係者)
当時を知るお笑いコンビ「B&B」の島田洋七はこう語る。
「さんまは兄弟子の明石家小禄(高橋容疑者)と組んで、若手漫才選手権に出演し、形態模写漫才をやっていた。おもろかったんですわ」
形態模写漫才ではさんまが巨人選手の形態模写を披露。巨人のエースだった小林繁さんの投球フォームを披露し、人気が高まった。
洋七は「花月劇場で見ましたが、おもろかったですわ。ウケたんで吉本から本格的に漫才をやらないかと打診されたんですが、ピンでやりたいさんまが断ってコンビを解消したと聞いてます」と話す。
約30年前、高橋容疑者は副業として京都でスナックを経営していたが、金銭トラブルが原因で吉本を退社したという。
お笑い関係者は「吉本興業を辞めた後、東海地方で五所の家小禄という名で落語家として活動していたという話でしたが、2011年に心筋梗塞で死んだことになっていた。そのころからカネに困っていたという話でした。今回の逮捕で、生きていたことが分かり、びっくりしました」と明かす。
(出典 newsatcl-pctr.c.yimg.jp)
https://news.yahoo.co.jp/articles/425da8e3b3cd4d4f68929654b63c780fcb1c07d7
有吉弘行、上島竜兵さんに感謝の言葉…涙声で現状を吐露
お笑いタレントの有吉弘行が15日、パーソナリティーを務めるラジオ番組「有吉弘行のSUNDAY NIGHT DREAMER」(JFN系/毎週日曜、午後8時)に出演。11日に61歳で亡くなった「ダチョウ倶楽部」の上島竜兵さんについて語った。
“竜兵会”メンバーの有吉にとって、上島さんは不遇の時代を支えてもらった“恩人”でもある。有吉はこの日の放送で「いやぁ、まいったね。驚いたよ」と正直な思いを口にした。
有吉は「結構元気出たつもりだったんだけど、元気出たり落ち込んだりって感じで」と現状を吐露。声を詰まらせ、涙声になりながら「なんか悲しいな、やっぱりな」と明かした。
「いつも年の始めの上島さんが来てくれる放送が1年で1番つまんない回でそこから少しずつ面白い回の放送ってなってるんですけど、まぁ今日が1番つまんない放送になってるだろうな」と有吉らしく明るく話すも、その声は悲しみで震えていた。
通夜の前には2人きりになる時間を設けてもらったようだが「みんなに気を遣ってもらって亡くなった上島さんと2人きりにしてもらったけど、お礼の言葉しか出なかったね。本当にありがとうございますってことしかなかったね」と感謝の言葉を口に。
そして、「もうちょっと話せるかなと思ったけど、まだちょっと早いね」と語った。「よく『ありがとう』って言う人だったけどみんなから感謝されてて、俺も本当にありがとうしかなかったね」と続けた。
また、「肥後さんがずっと元気に頑張ってやっていて、出川さんが泣いているときも『キスしたほうがいいんじゃないか』って言ったり、出川さんが『いや、まずいでしょ、ご時世的に』って」と明るく振る舞う葬儀での様子も説明。「肥後さんとジモンさんと奥さんが1番つらいだろうけど、いろんな話を振ってくれて元気にやってくれてすごいありがたかったね、本当にね」と明かした。
その後も有吉が上島さんにプレゼントした時計を大切に使用していたことなど、有吉らしく明るく話そうと努める、終始声を震わせながら思い出を振り返った。
そして、1曲目として上島さんが好きだった中島みゆきの「ホームにて」を流した。
2013年にはツイッターで「涙をこぼすのは上島さんの葬式だけ」とツイートするほどに慕っていた。
https://news.yahoo.co.jp/articles/53f9c3068a8ca3018ed2fa0e8cb2cf6f3a529020
有吉弘行 上島竜兵さんの訃報に貫く沈黙…SNSの更新も止まり心配の声
有吉弘行 上島竜兵さんの訃報に貫く沈黙…更新止まるSNSに「大丈夫?」と相次ぐ心配の声
5月11日に、お笑いトリオ「ダチョウ倶楽部」の上島竜兵さん(享年61)が亡くなったことが報じられてから2日が経った。
ビートたけし(75)や松本人志(58)ら芸人仲間をはじめ、各界から追悼のコメントが寄せられている。
同じリアクション芸人として、上島さんと“キス芸”も披露していた出川哲朗(58)は同日、所属事務所を通じて次のようにコメントを発表した。
「無念です。まだまだ竜さんとケンカしてチュ~したかったです。最高のライバルであり最高の友でした」
そんな出川は、憔悴した様子を見せていたという。
「昨日、出川さんはバラエティ番組の収録に参加したようです。ですが目を腫らし、落ち込んでいたと聞いています……」(テレビ局関係者)
上島さんの訃報が報じられた直後、Twitterでは出川と有吉弘行(47)の名前がトレンド入りした。
出川だけでなく、上島さんと親交が深かった有吉弘行を慮る声も相次いでいた。
芸風は異なれども、上島さんは有吉にとって尊敬する先輩であり“恩人”だった。
「有吉さんは、後輩芸人たちが上島さんを囲んで集う『竜平会』の中心メンバーです。’90年代半ばにブレイクしたお笑いコンビ『猿岩石』が解散した後、有吉さんはピン芸人として活動するも鳴かず飛ばずでした。そんな有吉さんを、上島さんがよく面倒見ていたのです。有吉さんをとても可愛がっていた上島さんは、『いつも俺のそばにいてくれ』と言うほどだったようです。
そんな有吉さんは現在のように人気者になっても、上島さんへの恩義を忘れることはありませんでした。万が一、上島さんが老後に困窮したとしても助けられるように、有吉さんが“上島貯金”をしていたというエピソードは有名。昨年に上島さんが還暦を迎えた際も、有吉さんは高級腕時計を贈っていました」(芸能関係者)
上島さんとたくさんの時間を過ごしてきた有吉だが、現在に至るまでコメントは発表していない。
また有吉のTwitterとInstagramも、10日を最後に更新がストップしたまま。Twitterのコメント欄には、《大丈夫でしょうか?》《みんな有吉さん心配してる》といったメッセージが寄せられている。
かけがえのない“恩人”を失った有吉の心痛は、察するに余りある。
https://news.yahoo.co.jp/articles/f571018e71aca1dcd64b34782fe3f4e63e5bd5e5