2022年05月01日 09時01分 週刊実話Web
広瀬アリスと『関ジャニ∞』大倉忠義“6月電撃婚”極秘情報!
女優の広瀬アリスが、来年のNHK『どうする家康』で〝初大河〟出演を果たすことが決まったことで、交際する『関ジャニ∞』大倉忠義とのスピード電撃婚情報が流れ始めている。
「広瀬を巡っては4月15日、松本潤主演で来年放送される大河ドラマ『どうする家康』に出演することが発表されました。松本演じる徳川家康の側室・於愛の方という重要役です。大河は、主演や重要役の出演者は放送中に結婚や離婚、スキャンダルはNGという暗黙の〝大河縛り〟があるといわれるだけに、来年1年間、広瀬は結婚しづらい状態になるわけです」(女性誌記者)
広瀬は現在、大忙し。4月期には『恋なんて、本気でやってどうするの?』(フジテレビ系)と『探偵が早すぎる 春のトリック返し祭り』(日本テレビ系)の2本の連ドラに同時に主演。4月29日公開の映画『劇場版ラジエーションハウス』にも出演している。
そうした中、4月23日に今秋に出演予定だった舞台『薔薇とサムライ2-海賊女王の帰還-』を、体調不良を理由に突如降板することが発表された。
「これも、スピード婚に向けた計算とも取れる。舞台稽古から逃れることで、時間ができる。つまり、大河ドラマの収録が始まる前に、海外への新婚旅行に行くつもりではないでしょうか」(ワイドショーデスク)
ジャニーズ事務所“珍しく”否定をせず…
広瀬と大倉の交際は今年1月、一部メディアが報じて発覚。2021年1月期の連ドラ『知ってるワイフ』(フジテレビ系)で共演し、急接近したとされる。
「この報道を受け、大倉所属のジャニーズ事務所が珍しく〝コメントすることはございません〟と否定しなかったため、真剣に結婚を考えているのは間違いない。広瀬は結婚寸前だったバスケットボール日本代表の田中大貴との破局が昨年2月に報じられており、傷を癒やす意味も含め、結婚願望が高まっているとみられます」(芸能関係者)
広瀬のスケジュールを見ると、「今年6月」がXデーとしてにわかに浮かび上がってくる。
「6月には2つの主演連ドラの放送が終了します。そして大河のクランクインは今夏といわれるため、6月は本格撮影に入る直前ごろとみられます。広瀬はもともと〝ジューンブライド〟願望が強いといわれるだけに、ここにきて〝6月電撃婚〟説が芸能界で流れ始めているのです」(前出の女性誌記者)
そもそも1人の女優が同時期に2つの連ドラに主演するのは異例のこと。裏を返せば〝6月婚〟から逆算して一気に仕事を詰め込んだという見方もできる!? 広瀬の動向に注目だ。
https://news.nifty.com/article/entame/showbizd/12311-1608633/
2022年05月
中森明菜 デビュー40周年…近藤真彦との熱愛、自殺未遂など波乱万丈の40年
中森明菜 近藤真彦と熱愛、自殺未遂後に衝撃会見…目撃した波乱万丈の40年
抜群のセンスと数々のヒット曲で日本歌謡界のトップスターに君臨し続けた中森明菜(56)がまもなくデビュー40周年を迎える。
ここ数年は公の場に姿を見せていないが、デビュー日の5月1日、並びに6月17日には40周年を記念してWOWOWで過去のライブ映像が配信されるなど、今もなおその人気は衰えていない。
しかし、’89年に自殺未遂を起こして以降、90年代には事務所トラブル、’10年に無期限活動休止を発表するなど波乱の多い人生でもあった。
’81年、15歳で『スター誕生!』で山口百恵の『夢先案内人』を熱唱したことをきっかけに芸能界入り。
翌’82年に“ちょっとエッチな美新人娘”というキャッチフレーズでデビューし、同年発売した2枚目のシングル『少女A』ですぐさまブレイクを果たした。
松田聖子を代表とするそれまでの可愛らしいアイドル像とは異なる、明菜の不良っぽい雰囲気と歌声は、多くの人を魅了。
瞬く間にトップアイドルの座へと登り詰めたのだ。
‘85年の『ミ・アモーレ』と、その翌年に発売した『DESIRE-情熱-』では、史上2例目となる2年連続の日本レコード大賞受賞の快挙を達成。
その後も数々の賞を受賞し、明菜はアイドルとしての絶頂期を迎えることになる。
何もかも順調に見えた明菜だが、プライベートでは悩みを抱えていたようだ。
’89年7月11日、当時交際していた近藤真彦(57)の自宅で左肘の内側を刃物で切って自殺を図ったのだ。
帰宅した近藤に発見された明菜は、病院へと緊急搬送され一命を取り留めた。
明菜は近藤と共に’89年12月31日の大晦日に、一連の騒動に関する会見を開いたが、その会見は”結婚を連想させる金屏風の前での謝罪”という異様なものに。
明菜の辛そうな面持ちに、世間からは心配の声が相次いだ。その後、近藤とは破局した。
この件を境に、明菜の周りではトラブルやスキャンダルが多数報じられるようになる。
女優として活躍したり、『Dear Friend』(‘90年)などのヒット曲を発売したりする一方で、事務所やレコード会社の移籍を繰り返す。
その後、徐々に活動の範囲を絞っていった明菜。’10年には体調不良により無期限の活動休止を発表したのち、’14年末に『紅白歌合戦』に出演。
’16年からはカバー・アルバムを発売するなど本格的に再始動したが、’17年のディナーショーを最後に公の場には一切姿を見せていない。
デビュー40周年を迎える今年、明菜の歌声を聞くことはできるのだろうかーー。
https://news.yahoo.co.jp/articles/1ad1b6795bd2c598f6898e5936b9cec55fd31933


